社会 経済 政治

政策と運用の混同を避ける


ニュースから。

■トランプ米大統領、不法移民家族の再会を指示 移民関連法案の否決など混乱続く
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180622-00000529-san-n_ame

法治国家であるならば、正規の入国手続きを経ない「不法」入国者、「不法」移民に対して法に則り厳正に対処することは正しい。

ビザも無く、ましてパスポートも持たずに外国に移動せざるを得ない事情がある者もいるだろうが、それはそちらの事情。こちらの事情とは異なる。ということを言っても構わないわけだ。

なぜなら彼らはその国の法に違反した密入国者であり、その時点で犯罪行為を犯していることになる。

その上で、事情を斟酌してどの程度運用を緩和するかは、その国の政治の裁量による、ということになる。

近年、外国人の他国への入国について、きちんとした正規の入国者と密入国者とが混同されて報道されることが多い。

特にアメリカのトランプ大統領は「不法」入国者には厳正な法運用を採る方針のため、左翼的なマスメディアから敵対的な報道をされることが多い。

個人的には、密入国についてはきちんとした法対応をすることは正しいと思う。それをやらねば法治国家ではなくなってしまうからだ。

ただ、家族で拘束された者については、隔離して収容するのは、ちょっとどうよ?とも思う。戦争の最前線で集落ごと捕虜にしたってわけでもないんだし。

収容された未成年者のケアについて、家族に見させる方がよいのか、未成年者のみを集団にした方が良いのかは判断しかねる。コスト的にどちらがどうという判断材料を持っていないし、また少なくとも古代のように教育や軍事教練を施してその国の国民にするってわけでもないだろうし。

で、何が言いたいかと言うと、政策として不法移民への対応と、運用としての収容した不法移民への対応についての、その評価を混同してはいけないということだ。

なんでもかんでも「人権を守れ!」と言えば事が片付くわけではない。不法だろうがなんだろうが入ってしまった者勝ちにしてしまえば、割を食うのはその国の国民だ。

政治にはその国の国民を保護する義務がある。密入国者の人権を尊重して自国民に不利益を被らせるのは失政と言える。

この政策の方向性は良いが、運用がよろしくないということは、どこの国でもあることだ。

例えば、規制緩和をするという方向性は良いが、不必要な緩和をしたために供給過剰から過当競争を招くことなりその産業の労働者の賃金が下がってしまうとか、プライマリーバランスを改善するという方針は結構だが、そのために間違った増税をして税収を減少させてしまい、かえってプライマリーバランスの悪化を招くとか。

この場合何が間違っているのかと言えば、規制緩和はしさえすればよいというのものではなく、緩和しなくてもよい規制というのもあるということだし、またプライマリーバランスを改善するために必要なのは税収の増加であって、税率を上げることではないということだ。

またこれは政治に限った話でもない。大枠は間違ってないのに中身のやり方がまずいために期待した成果が上がらないとか、失敗するということは、企業においても、あるいは学校などの活動においてもあることだ。

それを改善しようとするときには、全部いっしょくたにして判断すると、それ自体が無駄になる。大枠が良いのかどうなのか、大枠が良いのに上手く動いていないのはじゃあどこが悪いのか、と個別に考えないといけない。

大づかみで 0 か 1 かで判断して良い時もあるし、そうでないときもある。個別の検証、検討が必要な場合には時間も労力もかかる。その時には面倒がってはいけない。思考を止めてはいけない。

何かと言うとガラガラポンで作り直せばよいというのは革命思想だが、歴史上革命思想に基づいて革命思想を実現して繁栄した国は存在しない。

検証をかける対象の区別と評価をする基準も必要になる。集団、組織の何かを動かすのは面倒なものなのだ。

良くはないけれど悪いとも言い切れない、みたいな状態だってありうる。その状態を「悪くはないのだ」と継続する判断もありだし、もっと良いアイディアがあればそれを実行するという判断もある。だが、「良い状態じゃないからやめてしまえ!」と言って、少なくとも悪くない状態のものを取り去ってしまうのはどうだろうか。

政治の判断には大きな責任が伴う。なぜなら政治が誤ると人が死ぬのだ。

-社会, 経済, 政治

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。