音楽

辞める決断、続ける決意


久々に衝撃的なニュースが飛び込んで来た。

■Gargoyle、31周年記念公演で楽器隊3人の脱退を発表 (OKMusic)
https://okmusic.jp/news/279020

Gargoyle と言えば、ジャパニーズメタルシーンにおいては常におれたちの上にいる存在だ。

結成は 1987 年、今年で 31 周年という。最も活動歴の短い KENTARO でさえ 25 年。その間活動をし続け常にその存在を自らの手で確立し続けてきた。

KIBA の特異とも言えるボーカルとそれを支える鉄壁の演奏陣。それが Gargoyle であり、それこそが Gargoyle だった。

そこからボーカル KIBA 以外の 3 人が脱退するという。その決断の意味と重みはおそらく部外者には測り知ることができない。

オフィシャルサイトからの告知は以下。熟読されたい。

■【KENTARO・TOSHI・KATSUJI脱退のご報告】各メンバーからのメッセージ
http://firstcell.net/gargoyle/news/detail.php?no=1531753178

25 年、30 年という単位になれば、もはや人生の過半どころか 2/3 ほどを Gargoyle に費やしているわけで、「ある意味で」は現状を続ける方が楽という判断も可能かもしれない。

固定のファンはいるわけだし、「おれたちがやれば Gargoyle」というノウハウと自信もあるだろう。

それでもなお、なのだ。

SNS 等で何人かが言っているように、外から見ればもうこのバンドは誰かが死ぬか加齢で動けなくなるまでやるだろう、という妙な安心感があったこともまた事実だ。

しかし、それは、やはりと言おうか、根拠のない思い込みであったということだ。

ロックバンドに永遠はない。たまたま長く続いたバンドがあったとして、それは何かが上手くかみ合った結果に過ぎない。

まして、インディーズの対バンブッキングレベルのバンドではなく、かつてはメジャーシーンで全国を駆け巡り、今もなお O-WEST/EAST 等の 1000 人規模でのライブをやるバンドだ。

求められる水準はより高く、ビジネスとしてもよりシビアなものが常に突きつけられていたことだろう。

その状態から、あえて枠組みを壊す、そのリスクと決断を他人はどうこう言うことができない。

TOSHI も書いているように正解があるものではないし、多くのミュージシャンがそうであるように、一度成功したバンドが解散して次にまたバンドを作ったとしても、それが同じようにあるいはそれ以上に成功するとは限らない。というよりしないリスクの方がはるかに高い。

それはもう「そういう時が来た」とか「そうなってしまう」というものなんだろうと思う。

だが、30 年後に辛い決断を迫られるとしても、じゃあ今そのバンドをやらないという決断も過去の彼らにはなかっただろう。未来は誰にもわからないのだ。

残されたではない、残ることを自ら決断した KIBA においても同様だ。

KIBA のソロプロジェクト名義が Gargoyle となったとして、腕利きのミュージシャンを集めてさらに精度を高めた作品を作ったとして、それは Gargoyle だろうか。

それは確かに Gargoyle 名義なのだろうが、それをファンが受け入れられるだろうか。KIBA ファンはそこまで問題にしないかもしれないが、「Gargoyle のファン」はどうだろうか。きっと聴く前から色々思い悩まずにはいられないだろう。

KIBA が自ら書いているように、解散という決断もあっただろう。だがあえてそれをしなかった。「続けなければならない」と思ったがゆえに。

何が彼をそうさせたのかはわからない。それをして何がどうなるともわからない。しかし彼は一人でも続けることを決断した。「そうなった」のだ。

たたき上げで名を成し、31 年の長きに渡り疾走し続けたバンドがこの 9 月に一度散るという。それが解散ではないとはいえ。

なんとなく、ロックシーンにおける一つの時代が閉じつつあるのだという思いを深くする。Gargoyle と KIBA と TOSHI, KENTARO, KATSUJI の未来に明るい展望があることを切に願う。

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