社会 ドイツ留学記

一概には言えない

2017/09/01


前にもドイツ留学記で書いたのかもしれんけど、また改めて。

ドイツ留学とは言っても、カリキュラム的には、ぶっちゃけ語学留学に多少毛の生えた程度のことしかさせてもらえてなかった。そこでちっとは学問的なことをしよう!と思い立った。

滞在していた街は、旧東独地域。当時 1998 年だったので、「10 年前まで共産主義やってました」な所。今はずいぶんきれいになったみたいだけど、当時はまだまだインフラはメタメタ。シャワーは 1 年間赤水しか出なかったな(笑)。街のいたるところに廃墟があって、民家では石炭ストーブなんてのも全然現役だったし、ガチで暖炉で暖を取っていた家もあったくらい (冬は -25℃ くらいになる)。

そんな中で知り合い中にアンケートを配って、東独時代と今とどう違いますか?みたいなことを聞いてみた。フィールドワークってやつだな。

そうすると、意外なことに結構な割合で「東独時代も良かった」と言っている人がいた。友達の家にお邪魔した時に、彼のお母さんは「そりゃシュタージ (秘密警察) の問題があったり、物がなかったりしたけど、物価は安かったし、失業もなかったしね」と言っていた。

参加していた大学の陸上部のコーチは当時 60 過ぎくらいで、今はもう既に亡くなっていると思うのだけど、彼も「完全に良い社会制度、完全に悪い体制、というものはないのだ。どの時代にも良い面と悪い面があって、その割合が変わるだけなんだ」と言っていた。彼は人生の過半を共産主義体制下で送ってきて、引退間際になって「はい、今日から民主主義です~」と言われたのだから、その苦労はいかばかりであったかと今にして思う。

当時二十歳だったおれはまだ今みたいにイデオロギー的に云々ということは全く考えていなくて、「共産主義から解放された」のだろうと思っていた。が、はたしてその実態は、むしろ長引く混迷の中で、旧体制を懐かしむ声があがっていた。

国家の統合というのは一大事だ。当時世界有数の経済大国の西ドイツと、共産圏の優等生だった東ドイツの統合ですら、社会体制の変化による混乱、失業、賃金・物価の格差、旧西側への人口の流出など、想定された以上の様々な問題が噴出し、一応の落ち着きを見せるまでに十年を要した。

外側から見ていてはわからないことがある。もちろん立場によって見方は変わる。学者の見方、政治家の見方、そして市井の人々の見方。それぞれ異なるのはもちろん、個人個人によっても様々なものがあるだろう。

共産主義は「問題の多かった体制」かもしれない。人の自由を制限して、人が簡単に死ぬ体制だった。経済が貧しい状態で安定してしまうのも問題だった。

ただ、そんな中でも、人々は日々の暮らしを築き、人生を積み上げていた。共産主義の前のナチス体制もそうだった。ユダヤ人に対する人種差別政策、優生主義的な政策はダメだけど、それ以外にはドイツの工業化を推し進めて経済力を高めたという点では、見るべきところもある。

だけど、そういうところは一瞥しただけではわからない。共産主義 = 絶対悪、ナチス = 絶対悪、と見やすいものしか見ないで、思考停止してはその次にあるものが見えなくなる。体制が成立して存続するのは、その状態を支持して利益を得る人がいるからで、全員にとって 100% 悪い社会というのは存在しない。

なにしろ沢山の人の人生が積み重なって一つの社会を作っているのだ。多面的であることの程度差はあっても、一面的でありえようはずがない。大きなものを見るには、大きな視野で見て、各項目は細かく見ていかないと、思考は短絡的になり、発想は教条的になり、そして誤った判断を下すだろう。100% のものは、そんなに多くは存在しないのだ。

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