音楽

思い入れと思い込み


ドラえもんの声優が大山のぶ代から今の水田わさびに交代したのが 2005 年なんだそうな。もう 12 年も経っている!

ところがいまだに「ドラえもんの声に違和感がある」という人がいる。先に結論を言うとだね、「そういう人は間違いなく現在のドラえもんを大して見てない」でしょ。

テレビのドラえもんの放送が週 1 回だとして、10 年やると 500 回だ。500 回見たら人間大概のものは見慣れるよ。

子供時代に大山のぶ代の声のドラえもんの声で育った人が、大人になって大してドラえもんを見なくなって、時々 TVCM なんかで現在の水田わさびの声で聴くから違和感が生まれる。

今の子供、つまり今現在のドラえもんの視聴者である子供なんかは、逆に昔のドラえもんの映像を見ると、違和感があるかもしれない。何しろ物心ついた時から水田わさびだったんだから。

これと同じことが音楽シーンでも起こる。特に有名なバンドのボーカルが代わった時。例えば JOURNEY のボーカルが現在のアーネル・ピネダに代わった時。ハロウィンのボーカルがカイ・ハンセンなのか、マイケル・キスクなのか、アンディ・デリスなのかとか。他にも色々ある。

JOURNEY で言えば、スティーブ・ペリー時代が長かったしやっぱりその時一番売れてたから、JOURNEY と言えばスティーブ・ペリー時代が至高、みたいな風潮がある。フィリピン出身のアーネル・ピネダが加入した時、そのバッシングたるやほんとヒドかった。YouTube のコメント欄なんか荒れ放題だった。

ひょっとしたら「ザ・アメリカ人のバンド」みたいな JOURNEY に英語が流暢とは言え、外国人であるピネダが入ったことによる偏見もあったかもしれない。まあそれはそれとして、スティーブ・ペリーがいた JOURNEY が好きだと言うことと、ピネダを叩くっていうことは別の話なんだよね。

そもそもスティーブ・ペリーが辞めてからアーネル・ピネダが入るまでの間には 10 年の期間があって、その間にもボーカルはスティーブ・オジェリーとジョン・スコット・ソートの二人がいて、アルバムも 2 枚出ている。

「ペリー時代しか認めない」人は、その間の作品あんまり聴いてないんじゃないかなと思う。大して聴いてないものを叩くのは、あまり建設的ではないと思う。

そりゃおれだって Dream Theater のドラムはポートノイの方が好きだし、ラルクのドラムは SAKURA の方が好きだよ(笑)。ただ、だからと言って、マイク・マンジーニや yukihiro がダメだとは思わない。すごく好きではないかもしれないけど。

だいたい Dream Theater がヘヴィ路線に行ってからは一応アルバム持ってるけど、あんまり聴いてないしな。ラルクは SAKURA 時代の方が好きだけど、お茶の間に浸透するまでにブレイクしたのは yukihiro の加入によるところが大きいんだと思う。

要するに、そういう個人の感性にハマる時代があって、時が過ぎるにつれてその時代が終わったんだということ。ただそれだけなんだと思う。

それを惜しむ気持ちはいいけれど、その変化を受け入れられずに変化した後のバンドメンバーを叩くというのは、あまり褒められたもんじゃないんじゃないかな。

好きじゃなくなったら、聴かなきゃいいし、遠ざかればいいだけの話なわけで。音楽にはそういう自由がある。それによって、それを好きだった時の自分の記憶と経験の価値が下がるわけではないのだから。

音楽のアーティストについて、思い入れがあることはとても良いことだと思う。一家言持つくらいまでそのアーティストの作品を聴いたという証拠でもあるわけで。

ただ、それが思い込みや思想になってしまって、状況の変化を受け入れられなくなったり、排他的になってしまっては、音楽の楽しみも半減するというものだ。

アーティストに永遠はない。それどころか次のアルバムではもう作風が変わるかもしれない。来月にはメンバーが代わっているかもしれない。

むしろそういう不安定な状況の中で生み出された作品だからこそ、誰かにとって価値を持つのかもしれない。だからこそ U2 みたいなメンバーが不動で何十年も世界規模で活動しているアーティストは奇跡的な存在だと言われるのだろう。まあ U2 は作風が激変するのが常だけど。

そう考えると、今気になったアーティストは今聴く、というのが正しいんだと思う。作る側、聴く側双方にとって。

と、メジャーの話ばかりしてきたけど、ことはインディーズのバンド、アーティストにとっても同じだ。インディーズなんて恒常的にワンマンツアーやって自主レーベル持ってるところでもなければ、音楽専業で食ってるバンドなんて大していない。

それゆえに状況はより一層移ろいやすい。結婚した、子供ができた、交通事故でケガした、エネルギーが無くなった、転勤した(!)、様々な状況の変化によってその活動は明日をも知れぬものであるのは、もはや言うまでもない。

その作品、そのライブ、その瞬間の活動が、奇跡的なかみ合わせの上に幸運にも実現できたものであるということは、インディーズが好きな人は押さえておくといいかもしれない。そしてそれによってまたそのアーティストへの見方も深まるだろう。

というわけで、良いと思ったアーティストがその人にとって良いアーティストだし、自分が良いとは思わなかったアーティストは、他の誰かにとって良いアーティストかもしれない。自分が好きかどうかと、好きでないものを叩くのは違うよっていう話。

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