日本語 言語

文字の使い方を考えてみる


文字と言うのは我々にとってなんぞや?ということを考えてみる。

漢字廃止論

これは昔からある。たとえば、

■全部ひらがな編
こうしてすべてのもじをひらがなでかいてみると、そのよみづらさにおどろく。たんごのあいだにすぺーすをいれればいいじゃんというはなしもあるんだが、まあ こんなふうに くぎって かけば たしょうは よみやすいのかもしないが、 それにしたって いめーじが わきづらいということに かわりはない。

■全部カタカナ編
ソモソモムカシカラ、ニホンゴはカンジカナマジリデカクヨウニ、ニホンジンガツクッテキタノダヨ。ダカラ、タショウ スペースヲ イレタトコロデ、ヨミヅライコトニハ カワリガナイ。コレホドノ オオキナ ヘンカヲ サイヨウスルト、タトエ テイチャクシタアトニハ メリットガ アルトシテモ、ソレニイタルマデノ ダイコンランデ ジュウブンニ ウチケサレテシマウ。

あーめんどくさかった(笑)。

我々は漢字という表意文字を使って暮らしているので、文字を読むときに文字からその文字が持つ概念・イメージを読み取る癖がついている。だからすべてひらがな・カタカナにしたところで、少なくとも今生きている人は結局その文字を頭の中で漢字に再構成して理解する。余計なワンステップを入れないといけないことになる。

ひょっとしたらこのへん、日本人が欧米言語を苦手に感じる一つの要素かもしれない。

スペースを入れる方法にしても、単位当たりの文字数が減るので、情報処理能力が下がる。すくなくとも現状から変更するに得策とは思えない。

加えて、日本語の漢字表記には同音異義語が多い。読みが同じでも文字が違えば意味が通るし、話す時にも「可能の可」とか「中華の華」と言えば済むからだ。

少なくとも、現状で日本語表記の方法を大幅に変えることについて、その混乱を優に超越するほどメリットのある方法はないように思われる。ローマ字書きも含めて。

1300 年前の大変革

ところが、1300 年以上前に上記の変化を越える大変革が実は行われていた。

それは、日本語を外国の文字を使って書くという努力だ。日本で最も古い公式文書は古事記だ。これが編纂されたのが 712 年。

それ以前には上古文字とか神代文字という説もあるが、今のところオカルトの域を出ていないし、それらと現行の文字表記は体系が異なるので今回は触れないでおく。

古事記編纂の中心になったのは太安万侶 (おおのやすまろ) と稗田阿礼 (ひえだのあれ) という人。編纂された古事記は元明天皇 (第四十三代) に献上された。

太安万侶にしても稗田阿礼にしても、要するに公務員なわけよ。官僚ね。で、この 712 年 (和銅五年) やその数年まえに朝廷 (当時の日本政府) とそれに仕える官僚組織が突然できたわけじゃない。

そのもっとずっと前から戸籍や土地の管理はしていたし、朝廷内の官僚組織の運営のためにも当然文字が使われていただろう。

ただ、それは漢文、つまり当時の中華文明が使ってた文字の書き方だったんだよね。

仏教も 6 世紀には確実に来てるわけだし、そうなると経典も持ってきてる。それはサンスクリット語を中華言語 (当時だと隋や唐あたりの言葉) に翻訳したものなんだな。

要するに、公務員は仕事では漢文を使い、一般市民は文字なし (または万葉仮名) で生活してたってことになる。

こういう状態が続くと、国家に分断が起きる。使っている情報の幅や量に格差が生じて、支配階層と被支配階層とに分断される。欧州なんかではよくあった。イングランドの王族はフランス語で、一般市民はイングランド語とか。

ところが、日本人ではここで外国語を使って日本の言葉を書くという行動に出て、しかもそれを政府が公式採用する。普通に考えたら無茶な話である。

とは言っても、古事記で一応の結実を見るまでに数百年はかかっているものと思われる。漢文と万葉仮名の併用の時代もかなりあったみたいだし。

今で言うと、ラテン文字 (アルファベット) で日本語を書く、みたいなもんかな。Tameshi ni yatte miru to、kon-na kanji da。

これは今の感覚で見ると相当違和感があるかもしれない (といっても 80-90 年代あたりにはデザインの一部としてかなり日本語のローマ字書きが使われていたけど、あれは何だったんだろう(笑))。

ところが、文字が無い世界からするとまた別の感覚なのかもしれない。このへんは現代の我々が推し量ることは難しい。

そして、その後文字を崩して使ってたら、それが次第に定着して、元の漢字と分離される。このへんも「ほんとに?」と思うような話だ。まあ事実なのだから仕方がない。アルファベットのブロック体と筆記体が別の文字になる、とでも言えばいいかな。

まあそんなわけで、なんだか日本語の歴史をざっくり語る話になってしまった(笑)。

漢文と万葉仮名の時代があって、その後に平仮名片仮名が生まれて、アラビア数字が入って来て、最近ではラテン文字も平気で混用されるようになってきた。

ところがその中心は、首尾一貫して「日本人が使う言葉」だったんだよね。よくこれを「大陸の文字使うんだから大陸の言葉で話そう」にならなかったものだと思う。そうしたら向こうの王朝交代につき合わされて、それはそれで大変だったと思うけど。

あなたが話している言葉も、今読んでいる文字も千数百年の蓄積の結果なわけですよ、っていう話。だから安易に漢字廃止論とか公用語を英語にみたいなことを言わない方が、いいんじゃないかなっていう。日本人はまず日本語ができてこそ!外国語はその次!または併用、でいいんじゃないかしら。まあ外国語使う必要がある人は言われなくてもやるけどね。

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