音楽

ツアーの車窓から


ロックバンドをやっていて気付いた、音楽以外のことをたまには書いてみようと思う。

東京生まれ東京育ちというか、23 区内生まれ 23 区内育ちなので、小学生の時の家族旅行を除けば、中学高校では部活の合宿以外ではほとんど東京から出ることが無かった。またその必要もなかった。

なにしろ地元の公立小中に通い、近いし共学だからという理由で家から自転車で 10 分の都立高校に通っていた。

大学に入って初めて日常的に東京から出るようになった。「東京に行く」という言葉があるのを知ったのは大学に行ってからだった。

とはいえ、それでも柏だったので、授業が終われば東京に戻っていた。

大学を出てからバンドを始め、気づいたらツアーバンドになっていた。みるみるうちにライブの本数が膨れ上がり、最大で年間 78 本だったかやっていた。週 5 でライブやったこともあった。

かっこつけてツアーバンドとは言ってみるが、どうひいき目に見ても「ドサまわり」だった。中古のハイエースが我が家みたいなもんだった。そしていつも金がなかった(笑)。

北海道から沖縄まで色々な所に行った。中越地震直後の新潟に行って熱烈に歓迎されたり、某地方都市の CD ショップにアポ取って営業に行ったのに「インディーズは売れないから、うちは取らないよ」と言われたりした。電話した時にインディーズのバンドだって言ったじゃん!っていう。

そんなこんながありながら東名高速のカーブの順番まで覚えるくらいに全国を行き来した。姫路の Beta ではスタッフに地元のバンドかと誤認されるくらい毎月出てた(笑)。

東京と大阪の発展度合いが異常

車の運転は好きだったので率先してやっていたし、よほど眠い時以外頼まれても断らなかった。そんなわけでいくつもの高速道路といくつもの街を見てきた。

その中で一つ気づいたのは、地方都市の人のいなさ加減... と言うよりは、東京と大阪市の発展度合いが他の都市と比べて異常なほどだということだった。

公共交通の発達度合、道路の整備のされ方、行き交う人の数、高層建築の多さ、建築物の密度。このどれもが地方都市と、東京・大阪以外では各段に異なる。

東京で生まれ育ったので東京の密度が普通だった。一つの地域に万単位の人間と一緒にいることが当たり前で、交通機関は混雑しているのが日常だった。

ツアーに出た当初は、地方都市の人の少なさに驚いていたが、そのうちに考えがひっくり返った。東京の密度が尋常ではないのだ、と。

大学の卒論のテーマが「東ドイツの交通と物流の発達」だったので、交通と都市の発展について興味があった。

中国地方の某県庁所在地に月曜の朝に着いたことがあった。月曜の朝八時でラッシュが起きるどころか、車の影さえまばらという状態だった。

同じ時間の都内だったら、車は渋滞で時間が読めないから電車で行こうとなるところだ。

東北地方の某都市で、出演前の夜 7 時くらいにライブハウスの周囲を歩いてみた。10 分ほど歩いてみて 10 人ともすれ違わなかった。

同じ時間の新宿では数えようとも思わないくらい人がひしめきあっていただろう。

これほどまでに違いがある。

それを良いか悪いかで話するつもりなのではない。色々な経緯の結果としての現状なのだ。

ただ、当時のおれには衝撃的に目新しい事実だったという話。地方出身の人にしてみれば「そんなの当り前じゃないか」と思うかもしれないけれど、地方出身でない自分にはそれはその時まで当り前じゃなかった。

だからツアー先で出会う地元のクオリティの高いバンドは本当にすごいと思っていた。東京には人がいる、施設がある、設備がある、そして機会がある。地方はその逆なのに、負けたと思わされることも幾度もあった。

そういえば「隣町」という言葉の意味がちゃんと風景としてわかったのもツアーに行ってからだった。

東京では隣町と言っても、実際には街並みに切れ目がないので、「隣町」というのは行政上の、つまり地図上での言葉だと思っていた。

ところがツアー先で県道を走っていると、街並みがぽっかり切れるところに出くわす。しばらく雑木林や田畑の風景が続き、そのうちにまた隣り合った民家やオフィスビルが見えてくる。「なるほど、これが隣町か」と実感した。

そんなわけで、ツアーに行って音楽とは全然違うものを拾ってきていたという話(笑)。

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