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前科者は叩かれるべきか否か


連載の途中だが気になったことがあるので書いてみる。

昔のテレビでは犯罪報道をする時に「前科〇犯」ということを言っていたそうな。

おれも辛うじて聞いたことがあるような気がする。

しかし、前科者は罪を償ったので一般人と同じに扱うということになり、前科〇犯の報道はなくなったんだそうな。

これは確かにその通りで、法律には「犯罪を犯した者は永久に前科者としてそしられる」とは書いてない。

法律に書いてないことは実行されないのが法治主義。

これは「前科者」になる前も同様。

逮捕された段階では「容疑者」、警察が刑事事件に関わっている可能性が高いので取り調べのために身柄を拘束された人。

検察が起訴して裁判している間は「被告人」、検察から刑事事件の主体的な関係者として裁判に持ち込まれている人。

裁判で有罪が確定して初めて「犯罪を犯したことが確定する」つまり「犯罪者」になる。

それまでは厳密には「犯罪を犯したと疑われている人」だ。

つまり、当事者以外が誰かのことを「犯罪者」であると言えるのは、有罪判決確定後から刑の執行中だけということになる。

この理屈で言うと、同様に法が定めるところにより犯罪を構成しその代償として刑を執行されるのだから、刑の執行が完了した後は法を犯していない。

すなわち、刑期が終わった受刑者は元犯罪者ではあっても犯罪者ではないということになる。

だから、過去に犯罪で処罰されたことがある人について、「この人は昔こういうことをやって捕まって有罪になりました」という事実の指摘はアリだとしても、「犯罪者め!」という罵倒は不適当ということになる。

で、ここで微妙なのは「前科者」という言葉だ。

前科者とは、前科と言うからには言葉自体が刑期の執行が完了した人に対して向けられるもので、先ほど書いた刑の執行が完了した者は犯罪者ではないということから考えれば、対価を支払い終わった一般人に対して向けられる言葉ということになる。

で、例えば選挙の候補者で過去に犯罪歴がある人が立候補したりする場合、その人を前科者だから投票しないようにしようと呼び掛けるのは、一定程度フェアでない可能性がある。

なぜなら、過去に犯罪を犯した人と言えども犯罪を重ねて行うとは限らないからだ。

同様に過去に犯罪を犯した者はまた犯すかもしれないとも言えるが、裁判で有罪が確定しない限りは無罪であるという推定無罪の原則がある。

なので、他人を評するにあたって、前科者と言う表現があるものに対しては、他が正しい指摘だったとしても、おれはそこに組しないことにしている。

もちろん前科者なのは事実じゃんという意見もアリだとは思う。

が、その犯罪要件についてはもう済んでいるので、それを叩く要素として挙げるのはあまりフェアじゃないかもしれないとおれは思う。

一概に言えないので微妙なところではある。

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