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点と線と面の話 3

■■■ 前回までの話はここから
点と線と面の話 1
点と線と面の話 2

平面でも空間でも、真っ白なキャンバスでもなんでもいいけど、いくつか点を打っていく。

それを繋ぎ合わせると線になる。線を組み合わせると面になる。面があれば立体ができる。

これらを自分の中で作っていくことが、いわゆるところの「自分らしさ」で、それを作っていく過程を「自分探し」と言うんだろう、と思っている。

これらは多面的、多層的にできていてて、人それぞれで異なる。もちろん独立した点やどこともつながっていない線や面もある。

それにはさらに、もちろんその器となる持って生まれた要素というのも入ってくる。顔立ちが良いとか悪いとか、背が高いとか低いということ。

これらの組み合わせが人それぞれに違うということが、個人々々の違いということになる。

たいていの人は、この組み立て作業を自分の力でできる範囲でやろうとする。

自分探しは四次元で

だが、ここにもう一つ「時間」という要素を加味したい。

それはもちろん自分の力の及ばない時間帯のことだ。つまり遠い過去、歴史のことだな。

といってもこれはおれがやっただけのことなので、他の人に適合するかどうか保証できない。だから「そういうやり方もあるのか」くらいに聞いておいて、面白そうと思ったらやってみるといい。

おれが在独経験で一番印象的に感じたのは、彼ら (ドイツ人) とおれでは背負っているものが違うということであり、自分が当時いた社会はおれがそれまで生きてきた社会とはおよそ違う要素の積み重ねでできているということだった。

それが文化というもの、文化の違いであり、その積み重ねである歴史なんだな。

何度も言ってることかもしれないけど、例えば日本人は会話の中で故事成語や四字熟語を使う。それはそういう歴史の蓄積の中で生きているからだ。

ドイツでは新聞にしれっとゲーテの詩の一節が載っていたり、劇場の外壁にシェークスピアの有名な一節が書かれていたりする。それもまた、そういう歴史の蓄積の中で生きているからだ。

土地が違えば考え方も異なる。考え方の違いは言葉の違いになり、それは人間の行動様式に影響を及ぼす。それを人間が積み上げる。そうして言葉も文化も違う社会が出来上がる。

どこに生まれ育つかで、もうその先の人生が変わってくる。

日本で生まれ育った人間は、もうその時点で既に日本の歴史の影響を受ける。

そしてさらにその土地や周囲の人間の影響も受ける。

ドイツで生まれ育った人間は、ドイツの影響を受ける。両親がポーランド出身とフランス出身だったら、両親が引き継いできた文化の影響も受ける。

じゃあ例えば日米で十年ずつ暮らした二十歳の青年の人生は?と言えば、それはずっと日本で育った二十歳の青年とも、ずっと米国で育った二十歳の青年の人生とも異なる。そういうことだ。

おれたちは歴史の最前線にいる

ここでこの話のきっかけである改元というものに戻るんだけど、そもそも元号はアジアでしか使われておらず、現在では日本でしか採用されていない。

なんらかの不都合があって使用を辞めてしまったのかもしれないし、アジア以外の地域ではそもそもその発想に至らなかっただけなのかもしれない。

またイスラム諸国ではイスラム暦、台湾では民国歴を使用しているので、それと別に元号を採用する必要が無かったのかもしれない。

時間の経過とともに人間の生活が選択の蓄積であるように、その国の歴史も選択の連続とその積み重ねで出来ている。

日本は元号を使い続けるという選択をした。それがおれたちの国で、おれたちはそういう過去を持つ国に住んでいる。

最初の元号「大化」が使われたのが、西暦で言う 645 年。元号が繋いできた歴史だけで 1350 年以上ある。

皇室の歴史は実証されているだけで 1600 年以上はあるらしいので、古事記に言う神武天皇元年 (紀元前 660 年) が日本の建国というのもあながちただの物語上の記載ではないかもしれない。

もっと言えば、2000 年どころじゃない数万年単位の縄文時代、弥生時代の遺跡だって発掘されている。文字になっていない歴史だって沢山ある。

今の我々が持っているものは、色んな過去から引き継いだものだ。

それは歴史とも言うし、由来でもあるし、過去でもあり、文化とか慣習と言ったりする。

そういうものが縒り合された線の上に無数の日本人の過去が乗っている。

例えば、何か問題に突き当たった時に、今だけ見ているとわからないことがある。

しかし、それは過去の人間が既に経験したことと同じことで、さらにそれには彼らが明快な解答をしていたなんていうこともある。

生まれ育った国の歴史はその人に響く。今使っている道具に古い時代からの由来があったり、歴史的な出来事の舞台が自分の地元だったりして、あの町の名前はこの史実から来ているのか、とわかったりする。

残念ながら、行ったこともない土地の歴史はそこまでは刺さらない。情報としては把握できても、実感が伴わない。個人の記憶との関連性ができないからだろうか。

今回の改元の出典となった万葉集関連の書籍が軒並み売り切れたり増刷になっているとか。

それは単に「そういえば万葉集って読んだことなかったな」と思った人が多かっただけなのかもしれないし、ただの知識欲なのかもしれない。

とはいえ、それが手軽に買える状況にあるのは、万葉種が日本の歴史上の作品であって、その文化がまだ生きているということでもある。

実際、諸外国で万葉集関係の日本語表記の書籍を買おうと思ったら、結構な手間と時間と費用がかかると思う。

おれたちが住んでいるのは、そういう長い歴史がある国だ。

だから通史で把握しようと思ったら膨大な情報量があって大変である反面、折々で拾える要素も沢山ある。

そういう長い歴史がある国の、その歴史の最先端にいるのが自分だということが感じられたら、もうそれがその人なので、自分探しをする必要がいくらかなくなるんじゃないか、というのがおれの提案。

その歴史の成果の一つである改元により万葉集を手にした人は多かったみたいだけど、その原点の状況である花見が歴史の香りがする雅なものになったり、花を見ながら歌を詠むことが流行ったりしたら...と思うんだが、流行らないだろうな~(笑)。

まあそんなわけで、遠い過去からの今に続く時間の流れの中の無数の人々と、彼らが作って来た点と線と面を感じることができれば、おれたちは一人じゃないということがわかるんじゃないかな、という長い話でした。

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