音楽

また春に会いましょう


令和最初の記事が湿っぽいものですまんな(笑)

5/2 は hide と Slayer のジェフ・ハンネマンの命日。

Slayer も嫌いじゃないけど、リアルタイムで深く聴いてた分、おれにとっては hide への思い入れの方が深い。

hide が亡くなったその時、おれは日本にいなくてしばらくしてから友達が手紙で知らせてくれたんだよね。

当時まだネットはあったけど、学校が留学生に個人のメールアカウントをほいほい渡す状況じゃなかった。ついでに PC ルームの使用は有料だった。だからそれを知るのに二週間ぐらいかかったと思う。

そんなわけで、おれにとって彼は忽然といなくなってしまった人で、いまだにあまり亡くなったという感じがしない人でもある。

その後、復活した X JAPAN で hide のホログラムが使われたり、hide SUMMIT と称したイベントが行われたりするのを、死んだ人間でいつまでも商売してないで静かに寝かせてあげて欲しいなあと思っていた。

が、時が経つにつれて、それは多分身近にいた YOSHIKI が一番わかっていて葛藤がないわけがない。それでも使えるものは何でも使うという彼の実業家としての割り切り度合いはものすごいものがあるなあと並行して思うようにもなった。

HIDE YOUR FACE、PSYENCE という二枚のアルバムを残しての急逝。生前にはたった二枚しか出てないんだ。

それでもいまだにファンを増やし続けている彼の日本の音楽シーンにおける威力と功績は計り知れないものがある。

日本の音楽シーンにおいて、特異点を挙げるとすれば、その一つに確実に該当する不世出のアーティスト、それが hide だろう。

そして、死後リリースされた 3 枚目の Ja, Zoo。

このたった三枚のアルバムで、音楽だけに限らない社会の空気自体を「なんか楽しそうなことが起ころうとしている」とおれに感じさせてくれたのは、後にも先にも彼一人だった。

奇抜なギタリストから色鮮やかなエンターテイナーへと進化していく彼に、初めは馴染めないところもあった。

最後の Ja, Zoo の頃におれはようやくかれのやることを追いかける態勢が整ったところだった。

初めて Ja, Zoo を聴き終わった時、おれが強く思ったのは「この続きが聴きたい!」ということだった。

しかし、その時彼はもういなかった。

2 枚目は楽しい作品だったが、3 枚目は「すごい」作品だった。3 枚目を聴いた時、「これはすごい作品だ!」と思った。だから続きが聴きたくなった。

だからずっと待っている。4 枚目が出るのを。

「また春に会いましょう」

hide の歌詞の印象的な一節だ。

毎年春が来て、木々が新緑に彩られるたびに、彼のことを思い出す。

そして「まだ四枚目出てないよ!?」と、どこかにいるはずの hide に向かってつぶやく。

そういえば、彼の残したもう一つの遺産である Zilch がきっかけでおれもライブハウスに出るようになり、今では音楽関係で仕事を得たりしているので、そういう意味ではおれも hide の遺伝子を受け継ぐ一人なのかもしれない。

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