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選挙公報に見るプレゼンテーション能力


選挙が近いので戸別に選挙公報が配られていると思うんだけど、それを見て思うこと。

選挙公報には各候補者の政策が書いてあるわけだけれど、ここでもう色々とわかるよね。

政治家というのは政治(行政、法律の制作立案)のプロだけれど、それを周知する役目も担っている。

ということは、国民にわかるように仕事を伝えられないといけない。

そして、それができるかどうかがすでにこの選挙公報で試されている。

白黒刷りだし紙面がそんなに広くないとは言え、よく言えば個性的、悪く言うとクオリティの優劣が現れている。

既存政党の候補者のものはやっぱりよくできてる。

キーワードがわかりやすいし、目線の誘導も自然だ。パッと見てだいたいわかって、読み込むとより詳細がわかるという作りになっている。

「候補者が作ってるわけじゃないでしょ」と言う人もいるわけだけど、そりゃもちろん本人は選挙の外回りで忙しいし、候補者本人にこういう資料が作れなくても、候補者のスタッフにこういうことを担当できる人がいればそれでいい。

むしろ演説よりこういう作業が得意な候補者がいたら「あんた立候補しちゃダメ」と言いたい。

候補者、ひいては政治家の仕事はこの資料の前提となる大方針を作ったり、できた資料にOKを出すことだしね。

で、ですよ。

泡沫候補...というか奇天烈候補になるともう「あんた他人に理解されるつもりないでしょ?」というような記載の人もいる。

手元に選挙公報があったら見てほしいんだけど、東京都選出の方で言えば野末陳平、比例代表で言えば、労働者党。

この二つ。だいぶアカン(笑)。

まず野末さんの手書き原稿。いろんな意味で目立ってる。でも悪目立ちかな。

ベテランだし高齢なのはしかたがないとしても、もうペン持ちきれてない筆致になっちゃってるんだよね。

もともと手書きの字は汚いのかもしれないけれど、字が上手い下手じゃなくて、これを見ると「ああ、この人もう字の線も最後まで引ききれないくらい老いてるんだな」という印象をまず受ける。

当然読みづらいわけだけど、なんとか最後まで読んでみても個人的な不満しか書いてないんだよね。今の政治がダメしか言ってなくて、政策が書いてない。

もういいから隠居しててくれ、と言いたくなる。

次。労働者党。

とにかく字が小さい。イラレのポイント数で言うと5か6あたりじゃないかな。新聞の記事の文字より小さいんじゃない?

一定の面積に対して字が小さいということは、情報量が多い、言いたいことが沢山あるということでもあるんだけど、こういう場ではそれは良くない。言いたいことが整理できてないということでしかない。

主張の整理というのは何のためにするかと言うと、それを読んだ人がどう思うか、こちらが意図した通りに受け取ることの確実性を上げるためにする。

それをしてないということは、受け手の想定ができてないか、言いたいことを沢山書けばアピールしたことになると単純に思い違いをしているか。

項目だけ拾い読みしていくと昔ながらのリベラル・ド左翼って感じだけど、この選挙公報からは独善性が伺えてげんなりする。

相手の受け取り方を考えず自分の主張だけをのべつまくなしにするってことは、人の言うことは聞かないんだろうし、自分が正しいと思ってるだろうから。

だったらその下の安楽会の方が、安楽死のワンイシューで行くんだなということがすぐわかる。こっちの方が選挙公報としてはクオリティ高い。

まあいずれにしろ、この二者は受け手の想定ができていないという時点で、選挙によって世の中をできるだけ良くしていきたいと考える有権者の選択肢からは外されるわけだ。

ちなみにこのブログは、読める人だけ読めばいいというスタンスなので、そこまで見やすく整理してない(笑)。

こちらの意図を第三者に伝える難しさ

音楽やってる人、ライブハウスに出たことある人ならこの難しさは死ぬほどわかってると思う。

初めて出馬する候補者はライブハウス出て練習してからにすればいいのにね(笑)。

音楽好きが集まるライブハウスと、一般人全員が相手の選挙にはまた違う難しさがあるとは思うけど。

何か主張がある人について、その主張を聞く気がある人がいるとする。

それを聞く気がない人はまあ仕方がないので置いておく。

今回の選挙公報で言えば、名前が何で顔写真がこれで、何党でという具合で認識をしていく。

その次に、この人はおおむね何を言いたいのだろうという風に思う。

そこで大項目を箇条書きにして太くて大きな字で見せる。あるいはイラストを入れて一瞬でイメージをつかませる。

これが大事。

字が手書きの汚い字で読めないとか、小さい字で埋め尽くされててどこから読めばいいのかわからん、なんていうのはもうこの時点でアウト。

よほどのマニアしか相手にしてないということになる。

無所属の候補者の中には文字は小さくないんだけど、同じ大きさの文字で延々と書いてある人もいる。こういうのも訴求しない。

極端に強調して、選挙公報を見なくても「○○という人は、なんか福祉をやると言ってたな」くらいにイメージを植え付けないといけない。

それをやるためには、情報の整理と順位付けをする必要がある。

まず最終的な目標を設定する。選挙に通ること。

次にそのために最も効果的な主張をなるべく短いフレーズで一番大きな文字で書く。

その次に主張したいことをその次の大きさで書く。

細かい補足や実施に向けての具体策はウェブにでも書いておく。

こういうやり方は、企業の営業職のプレゼン資料やバンドのフライヤーでも似たようなものだと思う。

いわば誰でもやってることを、国民の代表になろうという人ができてないと、その時点で政策の実行力に疑問符がつく。

投票する候補者を選ぶにあたって、そういう選び方もありますよ、ということで。

それにしても景気を良くするって書く人、政党が本当に少ない。こんなんじゃ確かに景気良くなるわけないわな。

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