政治

戦犯なんてもういない


夏のめんどくさいことを考えるシリーズ。

タイトルに「A級戦犯なんてもういない」とつけようとして、ふと思った。

B級もC級ももういないじゃん!ということを。

まず戦犯とはなんじゃらほいということを定義しておく。

■戦犯 (デジタル大辞泉)
1 「戦争犯罪人」の略。戦争を起こしたり、人道に外れた戦争行為をしたりして罪に問われた者。「A級戦犯」
2 俗に、試合などでチームが負ける原因となった人。

もう一つ。

■戦犯 (世界大百科事典 第2版)
戦争犯罪人war criminalの略。第2次世界大戦後,連合国の軍事裁判で戦争犯罪について訴追,処罰されたもの。[A級戦犯]
第2次大戦中,連合国はドイツや日本など枢軸国による侵略や残虐行為の責任を枢軸国の指導者に集中させ,彼らをきびしく処罰することを声明した。1943年10月,米英ソ三国首脳は〈モスクワ宣言〉を発し,従来の戦時国際法が示す〈通例の戦争犯罪〉に加え,犯罪に特定の地理的制限をもたない〈主要犯罪人〉,すなわちドイツの戦争指導者については連合国間の共同決定によって処罰することを規定した。

スポーツなんかで大事な試合で負けたりすると敗因を作った人を俗に「戦犯」と言ったりするんだけど、今回はその語源となるまじめなの方の戦犯の話。

戦時国際法というのがあって、戦時と言ってもさすがにこれをやったらあかんでしょうという取り決めがある。

捕虜の虐待や拷問、民間時の虐殺、毒ガスなどの非人道兵器の使用など。現代だと生物化学兵器なんかも入るかな。

日本で戦犯という場合は、極東軍事裁判で有罪判決を受けた者をいう。

ポツダム宣言の受諾により大東亜戦争、第二次世界大戦が終結した。

その後開かれた極東軍事裁判により、25名がA級戦犯として、5000名以上がBC級戦犯としてされ、うちA級7名、BC級1000名以上が死刑判決を受けた。

ちなみに同裁判では日本人でない人も多数起訴されている。ビルマ独立軍の指導者アウンサン将軍(アウンサンスーチー氏の父)など。

なお、A級、B級、C級に起訴要件の重大性などの差異は無く、ただの項目の名称としてのものに過ぎない。

そして、以下の理由により、日本にはもう戦犯はいないと断言できる。

■1.刑の執行が済んでいる。
■2.国会で赦免決議が出されている。
■3.極東軍事裁判が不法である可能性

1. 刑の執行が済んだ人を犯罪者と呼んではいけない

これは戦争犯罪に限った話ではないが、罪に問われ有罪判決を受け、その根拠法が定める刑の執行が終わった人はもはや容疑者でも被告でも受刑者でもない。

刑の執行が終わればその人は罪を償ったことになる。

これが現在も我々が使用している近代法制度の構造だ。

道義的には「前科者」と言うこともできるが、少なくとも刑の執行が終わった後の人はその罪状で再度告発されることは無く、元受刑者でしかない。

極東軍事裁判で有罪判決を下された人は全員刑の執行が済んでいる。このため、現在日本国内に戦犯はいない。

2. 国会での赦免決議

昭和二十八(1953)年八月の国会で「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」が提出され、社会党、共産党を含む「全会一致」で可決されている。

つまり、極東軍事裁判での判決については、少なくとも国内では問わないということであり、この決議はその後覆されていない。

したがって、これ以降極東軍事裁判で有罪判決を受けた(そして赦免された)者を戦犯と呼ぶことは、名誉棄損等の不法行為ですらありうる。

3. 極東軍事裁判

これについては可能性の話だが、極東軍事裁判の告発事由、特にA級(平和に対する罪)とB級(通例の戦争犯罪)について、これらの概念は第二次大戦開戦当時には規定されていなかったため、遡及法で有罪判決を下すことはできないというインドのパール判事の主張による。(日本人の容疑者のほとんどはAB級戦犯の扱い)

遡及法(そきゅうほう)というのは、時間をさかのぼって効力を及ぼす法律のことで、近代法制度には無いものとなっている。

つまり、例えば人を殺した者は死刑に処するという法律が施行された日より前に人を殺した人を、さかのぼって有罪にはできないということだ。

遡及法がなぜ無効かと言えば、それができれば何でもありになってしまうからで、権力の濫用を防ぐ目的がある。

以上の三つ(二つ半)の理由により、海外ではいざ知らす、少なくとも日本国内においては戦犯とされる人は完全に存在しないと言える。

だから、戦没者の慰霊をする時に、戦犯が云々という声には全く耳を貸す必要がない。なぜならもうそんな人は存在しないからだ。

それとは別になぜあんな大戦争をすることになったのかという検証は十分になされる必要がある。

なぜあんな遠い真珠湾を攻撃しに行ったのか、フィリピンじゃダメだったのか。真珠湾攻撃の後占領することもなく帰投したのはなぜか。

なぜ世界を相手に多正面作戦をやったのか。途中で講和に持ち込むことはできなかったのか。

そもそもなぜ開戦しなくてはならない状況に陥ったのか。誰がどういう動きをしてそうなったのか。

他にもまだまだあるが、これらのことは十分に検証されなくてはならない。何しろ民間人合わせて300万人が死ぬという日本始まって以来の大惨事だからだ。

戦術的、戦闘では最強だったが戦略がマズくて負けたと言われる。じゃあその戦略のどこがどうマズかったのか。

戦争の経緯を十分に検証することが次の戦争を防ぐことにつながる。

そして、一度負けたくらいで卑屈になることはない。万が一次があるとして、その時は負けなければいいのだ。

今でも日本軍が各地に残した爪痕が残っている。中でも硫黄島やパラオのペリリュー島などは激戦地として知られている。

そこで戦った兵士の多くは徴兵された民間人、ついこの間まで一般国民だった人々だ。

個人個人の思いは様々だったろうが、国をかけて戦ったという行為を否定することはできない。

彼らが命をかけて残したものの一つに我々の生活がある。

後世に生きるものとして、少なくとも彼らの名誉だけは守らなければならない。

そのために、事実を事実として広める必要がある。

ゆえに、日本に戦犯はもういない、と主張する次第。

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