車とバイク

死なないためにヘッドライトを磨いた話


そういえばこないだ久しぶりに車のヘッドライトを磨いたんよね。

どのくらい効くかっていうのは過去の記事にもあるのでそっちに詳しく書いてあるので参照よろしく。

車のヘッドライトの黄ばみ対策

んでまあ今回も同じくらいの結果が得られましたよ。

っていう。

いやまじでぱっと見わかるくら綺麗になる。

逆にどんだけ傷ついてたんだよっていう話でもある(笑)。

専門業者にやってもらってない人は、一年に一度くらい磨いた方がいいと思ふ。

おかげでおれのWAKO'S信者ぶりが加速するわけですが。

車で死にたくない

なんで色々車に手を入れているかと言うと、車は持ってるだけで劣化するわけですよ。

ついでに走らなくても持ってるだけで金がかかるわけだが。

車なんて動いてる時間より停まってる時間の方が全然長いしね。

たいてい露天の駐車場で運転手が来てエンジンに火を入れる時を待っている。

そうすると、いかに数年単位の所有を前提に作られているとは言え、基本雨ざらしなわけだから色んなところが劣化する。

ヘッドライトなんて車が動けば真っ先に空気中の塵や埃、前の車が巻き上げた砂やら何やらがぶち当たるところなわけだ。劣化しないわけがない。

で、おれは車で事故ったり痛い思いをしたり、誰かのモノをぶっこわしたり、ついでに警察沙汰になりたくない。

ということは、交通ルールは守るし、安全運転する。

その一環として安全装置のメンテナンスもするということになる。

今のままほっといてもヘッドライトは点いてるし、他者から見えないということはない。

しかし、うすぼんやりしたヘッドライトで歩行者が気づくのが一瞬遅れたり、気づかないかもしれない。

そういうリスクを軽減するために、ヘッドライトの輝度をなるべく高く保ちたい。

ヘッドライトやウインカーなんかの灯火類は、自分が見えるためだけじゃないからね。

他車からここに車がいるということを示すものでもある。

たまに、ウインカー出すのがカッコ悪いという考えの人がいると聞くが、もう考えられない。

自分が事故ったり車ぶつけたりするのは勝手だけど、ウィンカー出さなかったことによって他車を傷つけたり他者を死なせたりしたら責任取れないだろう。

そういう人は交通法規の趣旨を全然理解してない。

交通法規の「交通の円滑な運行」というのは、損傷するものや死傷する人をなるべく減らすためにある。

だから自分がそれをかっこいいと思うかどうかなんて全然関係ない。

それをしないことによって死傷する人が出るリスクが上がるのなら、それはNGな行為ということになる。

今まで誰も轢いてないからいいんじゃない。いつか轢くかもしれないリスクを上げてはいけないのだ。

リスクは下限の状態で維持することに意味がある。

というわけで、ヘッドライトがきれいになって気持ちよくなった話(笑)。

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