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虫の声が聞こえる話ほか


日本語に興味がある人にはおそらく有名な話だけど、ネット記事として比較的詳述したものはあまり見ないのでご紹介。

■なぜ日本人には虫の「声」が聞こえ、外国人には聞こえないのか? (MAG2NEWS)

まあ、最後に二段落はちょっと余計かもしれないが。

で、虫が発する音がただの音なのか鳴き声に聞こえるかについて、左脳と右脳の使い方の違いによるものと記事の中ではなっている。

虫の「鳴き声」を感知できるのは日本人とポリネシア人だけらしいのだが、他人種と遺伝子的な違いがあるのかどうかについては触れられていない。

いつも言っていることだが、言語と人間は相互に補完する関係にある。

人間が言葉を使い、他の人間と交流は言葉によって行う。

そしてここに内的な要素としては脳が、外的には土地柄や環境が影響を及ぼす。

鈴虫がリンリンと鳴いて聞こえるので、それを「鈴虫の鳴き声」を「リンリン」と書くのだが、それは鈴虫がそこにいて鳴いていたからだし、それがリンリンと聞こえたからだ。

鈴虫が日本にいたから「鈴虫はリンリンと鳴く」という言葉が生まれたのだし、それが定着した後の人間は「鈴虫の鳴き声はリンリンと表す」という風に拘束される。

鈴虫が日本にいなくなったら、あるいは日本人の脳から虫の鳴き声を感知する機能が失われたら、「鈴虫はリンリンと鳴く」という表現は失われる。

日本語あれこれ

日本語は比較的造語能力が高い言語だと言われている。

卑近な例だと、毎年「渋谷の女子高生が使ってる言葉」みたいなのが報道されるが、あれは既存の言語をベースに新しい言葉を創り出す行為だ。

一部の集団だけで使用されていたものが、報道などにより文字面と概念が周知されて定着すると、ちゃんとした言葉になる。

ある一時期のはやりだけで終わって定着しないと「ああ、そういうのあったね」と懐かしがられる。コギャルとかな。

例えば、慢性鼻炎という言葉がある。

これは字を見れば慢性的に鼻が炎症を起こしているのだな、鼻の病気なのだなということがわかる。

英語などでは、医療に関する言葉はラテン語やギリシャ語に由来するものが多いので、単語だけを見てもネイティブでもそれが何なのかわからないことがあるそうな。

この点では、表意文字を使ってる日本語の方が造語力が高く、それを読んだ医学の素人が意味を把握しやすいと言えるかもしれない。

まあ、日本語でも難しい病名なんかではパッと見てわからないものがあるけどね。

あとはそうだな、静かで何も音がしない状況を「シーン」と表現した最初は手塚治虫らしい。

こういった擬音語、擬態語、難しく言うとオトマノペの類は日本語では非常に豊富だ。

サクサク、ダラダラ、ギッコンバッタン、ドカーン、ギリギリ、ワーワー、など。

最近ではツンツンとデレデレを組み合わせてツンデレという新しい表現まで生まれていたりする。

「ツンデレ」は相反する性質を一語に内包して端的に表現できるという意味で、結構興味深い。

こういったオトマノペの発達には文学だけでなく漫画やサブカルの貢献が大きく見られる。

あとは、たとえば「はんなり」のような方言だが他の地域には無い表現でかつ独特の概念を持つものが周知される傾向にある。

これはもちろん情報化が進み痒い所に手が届く表現が伝播しやすくなったと言う点も挙げられるが、日本人の知的好奇心はまだまだ旺盛だと言うこともできる。

なぜなら、言葉がほどほどで良いと思われている社会では新しい言葉を作る必要がなく、既存の表現を使いまわせばそれで事足りるからだ。

そんなところでは社会はそのままの状態に留まり、相対的には衰退していく。技術の進歩もなく新しいものが生まれないから新しい表現も必要ない、ということだ。

そういう意味では、日本社会にはまだまだ活性があるし、人々は新しい概念や現象を受け入れる用意がある、またそれを元にその先へ進む意欲がある、と言えるかもしれない。

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