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過ぎるが過ぎると過ぎるが過ぎなくなる話


みんな「過ぎる」使い過ぎじゃね?という話。

「美人過ぎる〇〇」というように「〇〇過ぎる〇〇」という表現がここ数年で氾濫している。

「過ぎる」という言葉を文字通り解釈してみると、ある地点を通過している、超越しているということだ。

「美人過ぎる〇〇」は、一般的には「とても美人」ということを表しているのだが、本来の字義通りで考えると、もう美人というところは通過してしまっていているので美人でない別の何かになっている、という天邪鬼な解釈もできなくもない。

まあこんなこと言う人はあまりいないと思うが。

雑な程度表現

なぜ「過ぎる」が濫用されるかといえば、ぶっちゃけ「楽だから」だろう。

美人といっても人それぞれに解釈が異なるし、ある人にとっての美人が別の人にとってはそうでもないこともある。

それを超越して、万人が美人であるはずだというある種の思い込みの元に美人過ぎるという表現が使われているように思う。

使う方はそんなこと考えてないとは思うけど。

程度表現は何がどれくらいどうであるかということを表現するものだ。

とても美人、すごい美人、非常に美人、一目ぼれするほどの美人、日本一の美人、世界一の美人、宇宙一の美人、人類始まって以来の美人、天地開闢以来の美人、至高の美人、まあ色々ある。

美人ついでに言うと、「柳眉(りゅうび)を逆立てる」という言葉があって、これは美人が怒っている様子を表すんだが、伝統的に美人の眉毛は柳のようだと思われていたんだろう。

まあそれはいいとして。

「美人である」ということを、どの程度かということを細かく言わないで、いいからとにかくものすごい美人なんだってばよ!と言いたい時に、「美人過ぎる」という表現が使われる。

無限かつ最大の程度表現と言える。究極でこれ以上無い状態だ。

なにしろ、過ぎてしまっているのだから。

というわけで、過ぎるというのは結構雑な表現だと言える。

過ぎてしまっているので、過ぎた後には何もないわけで、無限の程度表現ということになる。

だがこれは、表現の貧困化につながるかもしれない。

過ぎるが過ぎるとどうなるか

さっきも言ったが、「〇〇過ぎる」と言った場合には〇〇の地点はもう過ぎてしまっている。

「やり過ぎた」と言う場合、本来行われるべき「やる」の状態を過ぎて過剰な状態になっている。

「遅過ぎた」と言う場合、適切な時間があり、遅かったがまだなんとかなる状態があり、それ以降の状態を指す。

ということは、本来「美人過ぎる」という場合、それはもはや美人ではないはずなのだが、美人の次にくる人の美醜を扱う言葉がないために過ぎるが無限の最大程度表現になっていて、もうなんでもいいからえらいこと美人なのだよということになっている。

ということは、美人過ぎて別の存在であるはずのものが、美人という枠内に収まっている。これは実は過ぎてないことになる。一段階落ちている。

加えて言うと、人間は慣れるもので、言葉もあまり頻繁に使っていると耐性がついて表現の効果(この場合は威力というべきか)が薄れることがある。

流行り言葉がある時期にいっせいに使われてその後急速に死語化していくのはこのためだ。

「〇〇過ぎる」はまだ死語になっていないが、「過ぎる」の無限効果は薄れる可能性がある。

つまり、あまり濫用されると、「過ぎる」が「とても」と大差ないくらいの表現になるかもしれないということだ。

これはもう全然過ぎてない。

あんまりにも過ぎるを使い過ぎて「過ぎるのライフはもうゼロよ!」となった場合、今まで過ぎるの位置まで行けた程度表現が失われることになる。

その場合、新しい表現ができるか、別の言葉で代替するか、あるいはそういう表現は失われるかだ。

表現が失われた場合、今現在我々が思う「美人過ぎる」という程度のものすごい美人を表現することができなくなる。

これは美人が好きな人にとっては大きな損失だ!ゆるせん!

とは言いながら、もうちょっと前にはなんでもかんでも「超」あるいは「チョー」をつける表現があったことを思えば、言葉が失われるよりは別の言葉に取って代わられる可能性の方が高いだろうとも思う。

そういえば最近は「超」は本来の意味を取り戻したように感じられる。

昔記事にしたが、SNSの時代では瞬間的な表現が多用されるので、文字の書きぶりは大げさなものになりやすい。

■最近の流行り言葉「~しかない」

そういう風に社会が新しい局面に入ったので、それにつれて言葉と表現が新しい使われ方をするのは、むしろ自然なことかもしれない。

が、それはそれとして、過ぎるを使いすぎると過ぎるの効果が減って過ぎるが表現できる程度は狭くなるかもしれない。

それは良い悪いの話でなくて、社会を作る人間の多くがそれで良いと思えば、そういう風になっていく。

言葉は複数人で共有してこそ初めて意味を為す。

とは思うんだが、過ぎるは「ヤバい」と同じで、ぽーんと投げちゃった表現なので、それがどの程度を指しているのかはごく大雑把にしかわからないんだよね。

まあ、一般の人が話し言葉をそのままツイートする分にはしかたないけど、文字に関わる立場の人、表現を担う人は気をつけて欲しいなあと思う今日この頃。

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