社会

有事


気が付けば有事になっていた。

■有事
平常と変わった事件があること。戦争などの一大事。 「一朝-の際」
https://www.weblio.jp/content/%E6%9C%89%E4%BA%8B (Weblio辞書)

政府が「緊急事態」を宣言するんだから、文字通り平時ではないのだろう。

なんとなく、有事ってイコール戦争や内戦が起きること、あとは東日本大震災のような目に見える自然災害の時のことだと思ってた。

ところが、ウイルスは目に見えない。

海外では万人単位で死者が出ているし、日本でも感染者数は累積で1万人を超えた。

だが、街が目に見える形で破壊されたり、それによって人が死んでいるわけではない。

人は死んでるけれど、それは病院の中でのことで、おれたちの目に見える形ではない。

ある意味街は破壊されつつあるんだけど、それは経済的、経営的な意味での話で、形となって目に見える、ざっと見渡しても目に見えるようになるのは、なるとしてももうちょっと後のことだろう。

まあそうなったら本当にヤバくて、それこそ有事なんだけどね。

毎日、厚生労働省とWHOのデータを見ているんだけど、データからは日本でのピークは過ぎつつあるように見える。

ゴールデンウイーク中に政府からの発表もあるようだし、遠からず次のフェーズに入るだろう。

なんとなく肌感覚的に思っていることなんだけど、「有事」のスパンが短くなってきているように思う。

地下鉄サリン事件がと阪神淡路大震災があったのが1995(平成7)年。あの頃はまだあまり意味がわかってなかった。

9.11のテロが2001(平成13)年。21世紀になった気がしたのと同時に、なんとなく今世紀は前世紀までとは違うんだという気がした。

それから大きな地震を含む自然災害が多くあり、東日本大震災も起きた。

単に自分が社会に目を向けるようになったからそう思うだけなのかもしれない。

ただ、日常、平時というのは案外簡単に壊されてしまうものなのだなとは思う。

地震などの自然災害のようにある日ある瞬間からガラッと様相が変わることもあるし、今回のコロナウイルスのようにじわじわ来るものもある。

ただの一個人としては、社会という多くの人が作りだす流れに抗う力があるはずもなく、流れが変わればそれに対応する方法を考えるだけだ。

それにしたって、(戦後の)昭和の人は気楽で良かったななどと思ってしまう。

もちろん昭和には昭和の苦労があったにしても。

無い物ねだりかもしれないとは思うけれど。

我々がそうなってほしくないと思っても、「何か」は起きる。

もうそれは、想定していたかそうでないか、起きるのが早いか遅いかの違いくらいでしかない。

平穏は常に脅かされているし、非常時はやってくる。

そう思って、そういう前提で日々をやりくりしていくしかないんだろう。

そう思っていれば、何か起きた時に「ありえない!」じゃなくて「やっぱりな」と多少は落ち着いていられるかもしれない。

まあそれくらいの気休め程度にはなるかもしれない。

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